【埼玉の社長に訊く起業ストーリー】はシェアオフィス6Fのスタッフが埼玉県内で活躍する「社長」を訪ね、お話を伺う連載です。
さいたま市内に4店舗を構える洋菓子店「おかしさん」。目にも楽しいアイシングクッキーや、保存料・防腐剤を使わず体にやさしい焼き菓子、しっとりふわふわのロールケーキなど、手作りのお菓子で人気のお店です。
2018年にはすべてのページが本物のお菓子の写真でできた絵本『秘密の空想菓子店』を出版。そのほかにも駅ビルでのアートウォール展示、アーティストとのコラボレーション、デコレーションケーキのディスプレイ制作など、お菓子の販売だけにとどまらない活躍を見せています。
2007年の本店オープンに始まり、今やさいたまを代表する人気店となった「おかしさん」のこれまでを、主宰でデザイン担当のSaoriさんと、代表・飯田健太さんのご夫婦にうかがいました。
Saoriさんと健太さんは、小・中・高校の同級生。
その頃のSaoriさんはスポーツウーマンで、プロテニスプレーヤーになることを目指していたそう。当時は自分がお菓子屋さんになるとはまったく想像していなかったと言います。
そんな2人は高校卒業後、成人式で再会。そこから意気投合し、一緒にいる時間が長くなったそうです。
それから数年後にご結婚され、現在は公私ともにパートナーとして過ごされています。
Saoriさんがフードの道に進んだきっかけは、高校卒業後に留学先のカナダで感じた日本の食文化の奥深さでした。
Saoriさん:高校3年生の2月からアルバイトを始めて、留学を目標に馬車馬のように働き、半年間で100万円ためて、カナダのトロントに3カ月間だけ留学をしたんです。そのカナダが、いわゆる「トラディショナルフード」という、伝統的なメニューがあまり無い国だったんですね。メープルやサーモンといった食材は有名ですが、日本の天ぷらとかすき焼きにあたるような、「カナダといえば」という料理がない。そのことに気付いたら「日本の料理ってすごい」と思って。それに、私が食事を食べる姿を見て「本当においしそうに食べるね」って、いろんな人に言われたんですよ。それで「あ、私、食べることが好きかも」と思って、帰国してすぐフードコーディネーターの学校に入ったんです。
フードコーディネーターの学校を卒業後、Saoriさんはお菓子作りの世界へ飛び込むことを決めました。小学生の頃からお菓子を独学で作っていたことが決め手だったそうです。そしてSaoriさんは、高校の同級生でパティシエの道に進んでいたMasumiさんと「お菓子ユニットMASUO」を結成します。
Saoriさん:お菓子は小学生の頃から実験のような感じでよく作っていたので、「起業」なんて言葉は頭に無かったけれど、自分でやっちゃおう!と思いました。それで一緒にできる人はいないかな、って探していた時に、高校の同級生だったMasumiがパティシエをしていることを知ったんです。彼女とは出会ったその日から仲良くなって、3年間一緒に過ごした間柄。でもその子が高校卒業後にパティシエの道へ進んだことは知らなかったんですよ。
浦和のケーキ屋さんに就職していたMasumiを説得して、MASUOを結成しました。それからずっとわくわくした気持ちのまま10年以上やってきたので、「起業しました」「経営してます」っていう実感は未だに無いんです。その分、健太さんが苦労しています(笑)。
「お菓子ユニットMASUO」が目指したのは、さまざまなジャンルの人たちとお菓子を使った表現でコラボレーションすること。そのお菓子を作るための場所探しには、当時社会人になったばかりの健太さんも協力しました。
そして見つけたのが今の「おかしさん」本店の場所。もともと二世帯住宅だった物件で、1階をお菓子の製造室、2階をSaoriさん・健太さん夫婦の住居とすることになりました。
でも探していたのはあくまでもお菓子作りの工房で、お店を開くつもりは無かったそう。ところが大家さんが「せっかくだからお菓子を売ったらいいんじゃない?」と背中を押してくれたそうです。
「おかしさん」のオープンから3年間、スタッフはSaoriさんとMasumiさんの2人だけでした。2人でお菓子を作りながら、平行してお店の改装も行っていたそうです。
家族のサポートがあったおかげで、お店も開けながら、コラボレーションの誘いもすべて断ることなくいろいろなことを貪欲に試せたと、Saoriさんは当時を振り返ります。
まわりの協力を得ながら、まずは何でも自分たちでやってみるという姿勢でスタートした「おかしさん」。
後に店舗を増やす際にも、ずっと「今持っているお金でどうにかできないか」という考え方を続けてきた「おかしさん」。その考え方は、経営をサポートする健太さんから見ても安心できるものだったそう。
Saoriさん:初期投資のことはよく聞かれるんですけど、建物の改装に少しお金をかけたくらい。やはり皆さんローンを組むことを前提に考えるので、私の経験を伝えても「は?」って顔をされちゃうんですよね。
お菓子作りの道具も、イチから揃えるとお金がポンッと飛んで行っちゃうんですが、もともと持っていたもので最初からほとんど揃ったんですよね。小学生の頃、1時間くらい迷って買った数百円のアヒルのクッキー型を未だに使っていたりします。今何が必要?って考えた時に、「これ買えるかな?いや買えないね、じゃあこっちにしよっか」っていうのをずーっと続けてて、それでちょっとずつ道具も自分もレベルが上がっています。
これって結構大事なことだと私は思っています。身の丈に合ったものと真剣に向き合っていけば、おのずとステップアップにつながるんです。
オープンから3年ほど経った頃、再開発された与野本町の駅ビルへ支店を出す話が舞い込みました。
「おかしさん」の世界を理解してくれる担当者との出会いにより、2011年4月には初めての支店「3時のおかしさん ビーンズ与野本町店」がオープン。駅ビル内にはお菓子のアート作品を展示する幅2メートルのアートウォール「MASUOの部屋」も設置され、話題となりました。
オープンしてみると、Saoriさんが「こんなに売れるの!?」とびっくりするくらいお菓子の売れ行きは好調で、製造が間に合わないくらいだったと言います。しかも、それまで不定期に営業していた本店と異なり、駅ビルの支店はお正月以外休みなし。製造するお菓子の量も、販売スタッフの人数も増やす必要がありました。
健太さんが正式に「おかしさん」の社員となったのは、与野本町店のオープンから約1年後。
健太さんの入社と前後して、健太さん・Saoriさんの高校の同級生が、現在の「おかしさん」を支える主要スタッフとして続々と入社。その1人が、チーフパティシエの森山さんです。
さらに2014年11月には、2つ目の支店「おかしさんパンチ!ビーンズ武蔵浦和店」をオープン(※2018年に閉店)。この時には初めて、一般向けの求人募集を出しました。同時に、それまで全員で同じことをしていた主力スタッフを、適材適所に分けていったそう。
Saoriさんはデザイン、健太さんは経営、森山さんはパティシエ、アイデアを出すのはSaoriさんとMasumiさん、と、明確に担当を分けるようになったのはこの時から。個性を生かしたら自然と決まった担当が、今でも見事にマッチしているそうです。
2019年現在、おかしさんは「おかしさん本店(北与野)」「3時のおかしさん(与野本町)」「るるるるおかしさん(さいたま新都心)」「秘密のおかしさん(浦和)」と4店舗に拡大。健太さんは、どんどんステップアップする「おかしさん」の経営に加え、スタッフの採用と育成も担当しています。
そんな健太さんは、洋菓子業界にずっと疑問がありました。それは「活躍できる女性が少ない」ということ。女性はお菓子を食べるのも贈るのも作るのも好きな人が多いのに、洋菓子業界は重労働が多いため男社会なのだそう。健太さん自身も洋菓子業界で働くようになり、「この大変な作業を女性にやらせるのか」と思ったそうです。
健太さん:お菓子が好きじゃないと続かないのに、お菓子が好きな女性が活躍できない業界だなってずっと思っていて、「『おかしさん』は、女性が活躍できるパティシエのシステムを作らないと続かない」と考えました。
たとえば普通の洋菓子屋さんは、専門の学校を卒業したパティシエじゃないと絶対にお菓子を作らせてくれないところも多いのですが、うちでは経験ゼロの人にもお菓子を作らせますし、それでもいいようなシステムにしています。人が代わっても平気なシステムにしておけば、例えばスタッフが出産しても申し訳ない気持ちでやめるんじゃなくて、代わりの人が作業するから大丈夫、と思えます。だから、一度出産で抜けてもけっこう皆さん戻ってきてくれるんです。
女性が活躍するための工夫はスタッフの配置にも。急な休みに対応できるよう、他の洋菓子店に比べてスタッフの人数を増やし、その代わりに複数店舗を兼任させているそうです。
健太さん:浦和のスタッフが休んだら、さいたま新都心のスタッフが抜けてサポートするとか、そういう仕組みにしています。だから、15分くらいで行き来ができるように、「おかしさん」の店舗はさいたま市内だけなんですよ。1つのお店で人を必要な数の倍くらい雇うのは大変ですけど、4店舗トータルで抱えているので、柔軟に対応できています。
「休んでいいよ」って言いながら、実際にはなかなか休めない職場もあると思うんですけど、うちは「あなたが休んでくれないと、他の人が休みにくくなるから、本当に休んだ方がいい時はすぐに休んでください」って言います。大学生だったらテストとか就職活動、自分が思い描いている夢や目標がある人だったらそちらを優先してもらって、ちゃんと前もって連絡してくれればいつ休んでも構わないと伝えています。
「スタッフのいいところを伸ばす、というのが、おかしさんの『裏コンセプト』」と健太さんは話します。
健太さん:スタッフに対して、苦手なものも平均的にできるようにするのではなくて、上手なものが一流になってほしいと考えています。入ってくるスタッフも特徴的で、お菓子作りだけでなく、デザインや作家活動で頑張っていきたい方、各々の目的を持った方が多い。なので、持っている能力をいかに発揮してもらうかということを大切にしています。
たとえば、お花屋さんに勤めていた経験のあるスタッフには、お花を使ったお店のディスプレイを任せていますし、洋服を作っているスタッフには、うちの制服を考えてもらったりしています。そうやって自分の得意なことを仕事に生かしてもらうと、小さなことがクリアできるようになって人間的に成長しますし、余計なミスも減ると思っています。スタッフ自身が望み描いていることを頑張るからうちのお店のレベルも上がる、という考え方で指導するようにしていますね。
Saoriさんとお店との関わり方も、健太さんが経営の舵取りをするようになってから変えていったそうです。
Saoriさんが現場から距離をとりデザインに特化したことで、2018年には初めての著書となる絵本『秘密の空想菓子店』の出版、ヒルトン東京「マーブルラウンジ」デザートビュッフェへのディスプレイケーキ提供など、表現の幅が一層広がりました。
10周年と本店リニューアルに合わせて、チーフパティシエの森山さんを中心に2018年5月から10月までの期間限定でオープンした「『めがねもり』のお店」も、新しい表現のひとつなのだそう。
「めがねもり」の期間中の本店には、MASUOのアイデアとデザインから作った「おかしさんのお菓子」は一切並べず、森山さんが考えたお菓子だけを並べました。「おかしさん」と「めがねもり」とでは、お菓子の材料も作り方も、厨房の使い方も180度異なるものだったそうです。
以前から彼がチーフパティシエとしてお菓子を作っていたんですけど、裏方なので知られていなかったんですよね。それを前面に出す方向があの瞬間にひらめいたのは、すごく良かったなと思っています。
2018年には新たな試みとして、広島・大阪での催事出店も行いました。
地方出店の理由はもう一つ、Saoriさんのアイデアの引き出しが開きやすくなるよう、刺激を得るためでもありました。
店舗が増え、表現の幅も広がり、揺るがない人気を獲得している「おかしさん」。でも創業者であるSaoriさんはずっと「いつやめてもいい。飽きたらやめよう」と思っていたのだそう。
Saoriさん:私は究極の飽き性なんです。過去に作ったものに興味が無いと言えば無い。覚えてもいないことがあるくらい。それを疑問に思う方もいますけど、自分ではどうにもならないことなんです。興味が無くなってしまうことが自分でも怖かったくらい。
だから、「おかしさん」も私はずっと「いつやめてもいい」って思ってたんです。
でも10年間続けていく中で、心の変化があって、ずっとやり続けていきたいと思えていることに気づいて、今までにない不思議な感覚を体験しているところです。
そんなSaoriさんの飽きっぽさがあるからこそ、「おかしさん」が続けられているところもある、と健太さん。
健太さん:作家って自分が作ったものに執着したり、販売スタッフにも「もっとこう見せて」「どうしてこう説明してくれないの」って言いそうじゃないですか。でもSaoriはそうじゃない。
Saoriが「だってできちゃったんだもん」っていうものを、スタッフが勝手にいろんな解釈をして説明しています(笑)。
今まで「おかしさん」を続けてきた中で、Saoriさんと健太さんは何度も話し合ってきたそう。
そんな2人にはお手本にしている家族がいます。「おかしさん」のプロモーションビデオや、絵本の読み聞かせイベントでピアノ伴奏を手がけたアーティスト一家で、トランペット奏者・オリパパこと織田準一さんと作曲家・オリママこと織田英子さんのご夫妻です。
最後にお二人に、これからの目標をうかがいました。
まだ見ぬアイデアの引き出しをたくさん抱えるSaoriさんと、経営者として人の成長を後押しする健太さん。それぞれタイプの異なる「いいところ」をもった一人一人のパワーが、「おかしさん」をさらに魅力的にさせているのだと感じました。Saoriさん、健太さん、貴重なお話をありがとうございました!
おかしさん お菓子ユニットMASUO
ともに1983年9月生まれ。Saoriさんはさいたま市内の高校を卒業後、アルバイトを経てカナダ・トロントへ留学。帰国後にフードコーディネーターの専門学校へ入学し、卒業後の2006年に高校時代の同級生でパティシエのMasumiさんと「お菓子ユニットMASUO」を結成。ジャンルの異なるアーティストとのコラボレーションでお菓子を使った表現活動を開始する。2007年8月に洋菓子店「おかしさん」開店。
飯田健太さんはさいたま市内の高校卒業後、大学の建築学科を経てハウスメーカーへ就職。Saoriさんと結婚後はサラリーマンを続けながら「おかしさん」の経営と経理をサポート。2012年、ハウスメーカーを退職して「おかしさん」の社員に。
2011年「3時のおかしさん ビーンズ与野本町店」、2014年「おかしさんパンチ! ビーンズ武蔵浦和店」(2018年閉店)、2015年「るるるるおかしさん コクーンシティさいたま新都心店」、2017年「秘密のおかしさん 浦和パルコ店」を開店。現在さいたま市内に4店舗を構える。2018年6月、すべてのページが本物のお菓子の写真でできた絵本『秘密の空想菓子店』を出版。長女・そのやんと3人家族。
2017年6月から株式会社コミュニティコムのスタッフとして、貸会議室6F・シェアオフィス6F・コワーキングスペース7Fの運営に携わり、2020年1月より3代目店長となりました。みなさまにシェアオフィスを快適にご利用いただけるよう尽力して参りますので、よろしくお願いいたします。一児の母で、趣味はラジオを聴くこと。好きな食べ物はおもち、好きな飲み物はすっぱいビール。
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