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【埼玉の社長に訊く起業ストーリー】はシェアオフィス6Fのスタッフが埼玉県内で活躍する「社長」を訪ね、お話を伺う連載です。


さいたま市内に4店舗を構える洋菓子店「おかしさん」。目にも楽しいアイシングクッキーや、保存料・防腐剤を使わず体にやさしい焼き菓子、しっとりふわふわのロールケーキなど、手作りのお菓子で人気のお店です。
空想菓子店るるるるおかしさんの店内

2018年にはすべてのページが本物のお菓子の写真でできた絵本『秘密の空想菓子店』を出版。そのほかにも駅ビルでのアートウォール展示、アーティストとのコラボレーション、デコレーションケーキのディスプレイ制作など、お菓子の販売だけにとどまらない活躍を見せています。

2007年の本店オープンに始まり、今やさいたまを代表する人気店となった「おかしさん」のこれまでを、主宰でデザイン担当のSaoriさんと、代表・飯田健太さんのご夫婦にうかがいました。

 

幼馴染の2人

おかしさん 主宰 Saoriさん、代表 飯田健太さん
Saoriさんと健太さんは、小・中・高校の同級生。

 

健太さん:私が小学校5年生で転校してきて一緒の小学校になったんです。中学1年生で同じクラスになってから話すようになりましたね。

 

その頃のSaoriさんはスポーツウーマンで、プロテニスプレーヤーになることを目指していたそう。当時は自分がお菓子屋さんになるとはまったく想像していなかったと言います。

そんな2人は高校卒業後、成人式で再会。そこから意気投合し、一緒にいる時間が長くなったそうです。

 

Saoriさん:私は小学生の時に毎日、夜寝る前に、将来何になろうっていうのをいつもワクワク想像しながら眠りについていたんです。その中にはスポーツ選手もあったし、絵を描く仕事だとか、ものを作る仕事だとか、自分で勝手に名前をつけたような職業もあって。自分だけの夢を想像するのが本当に好きでした。こういう風に想像を膨らませることって当たり前だと思っていたので、人に話したことは無かったんですけど、それを初めて話したのが健太さん。20歳くらいの時ですね。それを馬鹿にせずフラットに聞いてくれたのがとても心地良かった記憶があります。笑うこともなく、本当にびっくりするくらいフラットに、普通に聞いてくれて。私はどちらかというと感情の起伏が激しいので(笑)、「こういう反応をしてくれる人がいるんだな」というのがとても興味深く思いました(笑)。

 

それから数年後にご結婚され、現在は公私ともにパートナーとして過ごされています。

 

フードの道に進んだきっかけはカナダ留学

おかしさん 主宰 Saoriさん
Saoriさんがフードの道に進んだきっかけは、高校卒業後に留学先のカナダで感じた日本の食文化の奥深さでした。

 

Saoriさん:高校3年生の2月からアルバイトを始めて、留学を目標に馬車馬のように働き、半年間で100万円ためて、カナダのトロントに3カ月間だけ留学をしたんです。そのカナダが、いわゆる「トラディショナルフード」という、伝統的なメニューがあまり無い国だったんですね。メープルやサーモンといった食材は有名ですが、日本の天ぷらとかすき焼きにあたるような、「カナダといえば」という料理がない。そのことに気付いたら「日本の料理ってすごい」と思って。それに、私が食事を食べる姿を見て「本当においしそうに食べるね」って、いろんな人に言われたんですよ。それで「あ、私、食べることが好きかも」と思って、帰国してすぐフードコーディネーターの学校に入ったんです。

 

パティシエのMasumiさんとお菓子ユニット「MASUO」結成

おかしさんの焼き菓子
フードコーディネーターの学校を卒業後、Saoriさんはお菓子作りの世界へ飛び込むことを決めました。小学生の頃からお菓子を独学で作っていたことが決め手だったそうです。そしてSaoriさんは、高校の同級生でパティシエの道に進んでいたMasumiさんと「お菓子ユニットMASUO」を結成します。

 

Saoriさん:お菓子は小学生の頃から実験のような感じでよく作っていたので、「起業」なんて言葉は頭に無かったけれど、自分でやっちゃおう!と思いました。それで一緒にできる人はいないかな、って探していた時に、高校の同級生だったMasumiがパティシエをしていることを知ったんです。彼女とは出会ったその日から仲良くなって、3年間一緒に過ごした間柄。でもその子が高校卒業後にパティシエの道へ進んだことは知らなかったんですよ。

浦和のケーキ屋さんに就職していたMasumiを説得して、MASUOを結成しました。それからずっとわくわくした気持ちのまま10年以上やってきたので、「起業しました」「経営してます」っていう実感は未だに無いんです。その分、健太さんが苦労しています(笑)。

 

「お菓子ユニットMASUO」が目指したのは、さまざまなジャンルの人たちとお菓子を使った表現でコラボレーションすること。そのお菓子を作るための場所探しには、当時社会人になったばかりの健太さんも協力しました。

 

健太さん:私は大学の建築学科を卒業後、ハウスメーカーに勤めました。不動産屋さんとのお付き合いもあったので、お菓子を作るための場所探しを手伝ったんです。でもお菓子作りの際に出るにおいがダメだったり、間取りが合わなかったりする物件が多い。予算も無く、保健所の許可をとるために条件も限られる中で、1年くらいかけてやっと、お菓子作りのために自由に改装させてくれる大家さんと出会うことができました。彼女たちの意思が伝わって、「きれいにしていただけるならどう使っても結構です」と言ってくださったんです。

 

まわりの協力で「おかしさん」オープン

おかしさん 主宰 Saoriさん、代表 飯田健太さん
そして見つけたのが今の「おかしさん」本店の場所。もともと二世帯住宅だった物件で、1階をお菓子の製造室、2階をSaoriさん・健太さん夫婦の住居とすることになりました。

でも探していたのはあくまでもお菓子作りの工房で、お店を開くつもりは無かったそう。ところが大家さんが「せっかくだからお菓子を売ったらいいんじゃない?」と背中を押してくれたそうです。
 

Saoriさん:そう言ってくださるなら、と、7月に引っ越し、そこから1カ月で準備して、2007年8月31日にお店をオープンしました。もともと住宅だった物件なので、お菓子を作る製造室もDIYで改装。お店の床は普通のフローリングだったので、はじめはお客様に靴を脱いで上がってもらっていました。

 

洋菓子店おかしさん本店
「おかしさん」のオープンから3年間、スタッフはSaoriさんとMasumiさんの2人だけでした。2人でお菓子を作りながら、平行してお店の改装も行っていたそうです。
 

Saoriさん:最初は自信満々で「Masumiと2人で絶対できる。何もかもできる!」って信じて始めたら、何もできなかったんですよ。びっくりするくらいできなくて。あまりにできなかったので、まわりが慌てて手伝い出してくれたんです。

 

健太さん:「おかしさん」のお菓子が少しずつ認知されて売れてくると、2人とも10カ月くらい休みなしで頑張ったりしていて、それをまわりは見かねて手伝いに来るんですよね。Saori・Masumiさんのご両親が食事をサポートしてくれたり、私はサラリーマンをしながら経営や経理のサポートと、Saoriのご両親と一緒に日曜大工でお菓子を作る製造室や、お菓子を並べる棚を作ったりしていました。「今日は扉ができた」「今日は飾りができた」という感じで、お店をオープンしながらお店を作っていましたね。当時はSaoriもお菓子を作る時間と日曜大工をしていた時間とが半々くらいでした(笑)。「おかしさん」の植栽は、Saoriのご両親が今でも手入れをしてくれています。

 

家族のサポートがあったおかげで、お店も開けながら、コラボレーションの誘いもすべて断ることなくいろいろなことを貪欲に試せたと、Saoriさんは当時を振り返ります。

 

背伸びせず、身の丈にあった経営を

おかしさん 主宰 Saoriさん、代表 飯田健太さ
まわりの協力を得ながら、まずは何でも自分たちでやってみるという姿勢でスタートした「おかしさん」。

 

Saoriさん:お金がないっていう意識もないくらい、やりたい気持ちの方が勝っていた状態でしたね。借金をするだとかローンを組むっていう発想もなくて、できる範囲で、今持っているお金でどうにかできないかっていうことだけ考えていました。でもそこがよかったのかなと思います。

 

後に店舗を増やす際にも、ずっと「今持っているお金でどうにかできないか」という考え方を続けてきた「おかしさん」。その考え方は、経営をサポートする健太さんから見ても安心できるものだったそう。

 

健太さん:私はハウスメーカーのサラリーマンとして住宅ローンや融資の契約も担当していたので、その経験上、こういうお金の使い方をしているとうまくいくなとは思っていました。横で見ていて安心できましたね。後付けですけど、今「おかしさん」が継続している一番の秘訣は、当たり前のように全部自分たちでやろうとする、というところにあったんじゃないかと思います。

 

Saoriさん:初期投資のことはよく聞かれるんですけど、建物の改装に少しお金をかけたくらい。やはり皆さんローンを組むことを前提に考えるので、私の経験を伝えても「は?」って顔をされちゃうんですよね。

お菓子作りの道具も、イチから揃えるとお金がポンッと飛んで行っちゃうんですが、もともと持っていたもので最初からほとんど揃ったんですよね。小学生の頃、1時間くらい迷って買った数百円のアヒルのクッキー型を未だに使っていたりします。今何が必要?って考えた時に、「これ買えるかな?いや買えないね、じゃあこっちにしよっか」っていうのをずーっと続けてて、それでちょっとずつ道具も自分もレベルが上がっています。

これって結構大事なことだと私は思っています。身の丈に合ったものと真剣に向き合っていけば、おのずとステップアップにつながるんです。

 

はじめての支店

おかしさんのアイシングクッキー
オープンから3年ほど経った頃、再開発された与野本町の駅ビルへ支店を出す話が舞い込みました。

 

Saoriさん:「支店を出しませんか?」というお話はいろんなところからいただいていたんですが、全部お断りしていたんです。そもそもお店を拡大することなんて考えていませんでした。与野本町駅のお話をいただいた時も、話も聞かずに2回断ったんですよ。でも担当者の方が「とにかく僕は『おかしさん』が好きです。MASUOの2人がやっていることを、そのままやっていただいて結構です。場所を提供するので、好きなようにやってみませんか?」と、私たちを説得してくださったんです。今となっては、その担当の方は恩人ですね。

 

「おかしさん」の世界を理解してくれる担当者との出会いにより、2011年4月には初めての支店「3時のおかしさん ビーンズ与野本町店」がオープン。駅ビル内にはお菓子のアート作品を展示する幅2メートルのアートウォール「MASUOの部屋」も設置され、話題となりました。

オープンしてみると、Saoriさんが「こんなに売れるの!?」とびっくりするくらいお菓子の売れ行きは好調で、製造が間に合わないくらいだったと言います。しかも、それまで不定期に営業していた本店と異なり、駅ビルの支店はお正月以外休みなし。製造するお菓子の量も、販売スタッフの人数も増やす必要がありました。

 

健太さん:その当時の本店は年の半分も営業していなくて、でも休んでいるわけではなく、外でのコラボや催事のためにお菓子を作りだめしなきゃならなかったんです。で、与野本町店がオープンするということは、お正月以外の364日お店をオープンしなきゃいけない。それで人が増えていったんです。2人で2つのお店をやるって無理ですからね。

 

昔からの仲間がスタッフに

おかしさん代表 飯田健太さん
健太さんが正式に「おかしさん」の社員となったのは、与野本町店のオープンから約1年後。

 

健太さん:それまでは、「おかしさん」がたとえどんなにうまくいかなくても、サラリーマンである私の安定した収入があるのでどうにかなると思えていたところがありました。そこを断って一緒にやっていくわけなので、それなりの覚悟がいりましたね。

 

健太さんの入社と前後して、健太さん・Saoriさんの高校の同級生が、現在の「おかしさん」を支える主要スタッフとして続々と入社。その1人が、チーフパティシエの森山さんです。
おかしさんチーフパティシエの森山さん

 

Saoriさん:彼は中学から大学まで健太さんと一緒なんですよ。高校の部活もアルバイトも一緒で、もう恋人かっていうくらい。大学を卒業して勤めた会社も2人ともハウスメーカーで、だからお休みの曜日も一緒。

 

健太さん:サラリーマン時代から「暇でしょ?」とかうまいこと言って(笑)、クッキー切るのを手伝わせたりしてたんですけど、それが異常にうまいんですよ、やったことないはずなのに。彼はほんとに手先が器用なんです。それで、私が「おかしさん」の社員になったのと半年違いくらいで彼も脱サラして入って、経験ゼロからパティシエになったんです。

 

Saoriさん:Masumiに教わって、全員で厨房に立ってパティシエをしていました。あの頃はみんな1日15時間でも平気で仕事をしていて、つらかったけど、毎日文化祭みたいな感じだったね。

 

健太さん:全員で作って全員で売って、全員で支店に運んで。それを3年くらいずっと繰り返してましたね。多分あれが私たちの下積み時代(笑)。それくらい、馬鹿みたいに働いてました。

 

適材適所の分業制

おかしさん 主宰 Saoriさん、代表 飯田健太さん
さらに2014年11月には、2つ目の支店「おかしさんパンチ!ビーンズ武蔵浦和店」をオープン(※2018年に閉店)。この時には初めて、一般向けの求人募集を出しました。同時に、それまで全員で同じことをしていた主力スタッフを、適材適所に分けていったそう。

 

Saoriさん:求人を出したものの、「じゃあ誰が採用のジャッジをするの?」ってなると、みんなが同じことをやっていたので、「え、誰?」ってなってしまって。それまではみんなで同じことをやって同じように仕事をしていたけど、それだとダメになっちゃうねという話し合いをして、分業にしていきました。

 

Saoriさんはデザイン、健太さんは経営、森山さんはパティシエ、アイデアを出すのはSaoriさんとMasumiさん、と、明確に担当を分けるようになったのはこの時から。個性を生かしたら自然と決まった担当が、今でも見事にマッチしているそうです。

 

洋菓子業界を、女性が働きやすい環境に

おかしさん代表 飯田健太さん
2019年現在、おかしさんは「おかしさん本店(北与野)」「3時のおかしさん(与野本町)」「るるるるおかしさん(さいたま新都心)」「秘密のおかしさん(浦和)」と4店舗に拡大。健太さんは、どんどんステップアップする「おかしさん」の経営に加え、スタッフの採用と育成も担当しています。

そんな健太さんは、洋菓子業界にずっと疑問がありました。それは「活躍できる女性が少ない」ということ。女性はお菓子を食べるのも贈るのも作るのも好きな人が多いのに、洋菓子業界は重労働が多いため男社会なのだそう。健太さん自身も洋菓子業界で働くようになり、「この大変な作業を女性にやらせるのか」と思ったそうです。

 

健太さん:お菓子が好きじゃないと続かないのに、お菓子が好きな女性が活躍できない業界だなってずっと思っていて、「『おかしさん』は、女性が活躍できるパティシエのシステムを作らないと続かない」と考えました。

たとえば普通の洋菓子屋さんは、専門の学校を卒業したパティシエじゃないと絶対にお菓子を作らせてくれないところも多いのですが、うちでは経験ゼロの人にもお菓子を作らせますし、それでもいいようなシステムにしています。人が代わっても平気なシステムにしておけば、例えばスタッフが出産しても申し訳ない気持ちでやめるんじゃなくて、代わりの人が作業するから大丈夫、と思えます。だから、一度出産で抜けてもけっこう皆さん戻ってきてくれるんです。

 

女性が活躍するための工夫はスタッフの配置にも。急な休みに対応できるよう、他の洋菓子店に比べてスタッフの人数を増やし、その代わりに複数店舗を兼任させているそうです。

 

健太さん:浦和のスタッフが休んだら、さいたま新都心のスタッフが抜けてサポートするとか、そういう仕組みにしています。だから、15分くらいで行き来ができるように、「おかしさん」の店舗はさいたま市内だけなんですよ。1つのお店で人を必要な数の倍くらい雇うのは大変ですけど、4店舗トータルで抱えているので、柔軟に対応できています。

「休んでいいよ」って言いながら、実際にはなかなか休めない職場もあると思うんですけど、うちは「あなたが休んでくれないと、他の人が休みにくくなるから、本当に休んだ方がいい時はすぐに休んでください」って言います。大学生だったらテストとか就職活動、自分が思い描いている夢や目標がある人だったらそちらを優先してもらって、ちゃんと前もって連絡してくれればいつ休んでも構わないと伝えています。

 

スタッフのいいところを伸ばす

おかしさん代表 飯田健太さん
「スタッフのいいところを伸ばす、というのが、おかしさんの『裏コンセプト』」と健太さんは話します。

 

健太さん:スタッフに対して、苦手なものも平均的にできるようにするのではなくて、上手なものが一流になってほしいと考えています。入ってくるスタッフも特徴的で、お菓子作りだけでなく、デザインや作家活動で頑張っていきたい方、各々の目的を持った方が多い。なので、持っている能力をいかに発揮してもらうかということを大切にしています。

たとえば、お花屋さんに勤めていた経験のあるスタッフには、お花を使ったお店のディスプレイを任せていますし、洋服を作っているスタッフには、うちの制服を考えてもらったりしています。そうやって自分の得意なことを仕事に生かしてもらうと、小さなことがクリアできるようになって人間的に成長しますし、余計なミスも減ると思っています。スタッフ自身が望み描いていることを頑張るからうちのお店のレベルも上がる、という考え方で指導するようにしていますね。

 

Saoriさん:すごいね~。私だったら、人が成長するまでそんなに待てないよ。

 

健太さん:そう、待たないといけないんですけど、スタッフが急に伸びて意外な方向に成長してくれた時は、やりがいを感じますね。

 

絵本『秘密の空想菓子店』と「めがねもり」のお店

Saoriさんとお店との関わり方も、健太さんが経営の舵取りをするようになってから変えていったそうです。

 

健太さん:Saoriは作家なので、お菓子を作らせなければ作らせないほど、デザイン側のできることが増えていくだろうと思っていました。言い方は悪いですけど「どれだけ『おかしさん』から追い出せるか」ということを意識しています。

 

Saoriさんが現場から距離をとりデザインに特化したことで、2018年には初めての著書となる絵本『秘密の空想菓子店』の出版、ヒルトン東京「マーブルラウンジ」デザートビュッフェへのディスプレイケーキ提供など、表現の幅が一層広がりました。
おかしさん 主宰 Saoriさんの絵本「秘密の空想菓子店」

10周年と本店リニューアルに合わせて、チーフパティシエの森山さんを中心に2018年5月から10月までの期間限定でオープンした「『めがねもり』のお店」も、新しい表現のひとつなのだそう。

 

Saoriさん:実は直前まで、森山くんを出す予定は無かったんです。私のデザイン一辺倒で行こうと思ってたんですけど、打ち合わせ中にふと「彼のキャラクターでいってみようかな?」と思ったら、めがねの森山くんで「めがねもり」っていう名前がポンッと浮かんだんですよ。それからすぐに似顔絵と漫画を描いて、本人も知らない間にチラシができていました。

「めがねもり」のお店 ショップカード

「めがねもり」の期間中の本店には、MASUOのアイデアとデザインから作った「おかしさんのお菓子」は一切並べず、森山さんが考えたお菓子だけを並べました。「おかしさん」と「めがねもり」とでは、お菓子の材料も作り方も、厨房の使い方も180度異なるものだったそうです。
 

Saoriさん:森山くんはお菓子作りはすごいんですけど、それをどういう思いで作ったかを引き出すのは私たちの仕事。マニアックすぎるこだわりを全部表現するために、プライスカードに大きく彼のメッセージを載せて、彼の柔らかい雰囲気と口調のままで出すというデザインにしました。お店の内装も、お菓子が引き立つように真っ白にして。そうしたら、短期間なのに「めがねもり」のファンがたくさんできました。

以前から彼がチーフパティシエとしてお菓子を作っていたんですけど、裏方なので知られていなかったんですよね。それを前面に出す方向があの瞬間にひらめいたのは、すごく良かったなと思っています。

 

健太さん:「おかしさん」って、いい意味でこだわりが無くて。普段の「おかしさん」の見た目や商品がパワーアップすることを期待されてるんだろうなとは思いつつ、「スタッフのいいところを伸ばす」という裏コンセプトに10周年を当てはめたら「めがねもり」になりました。「MASUOじゃなくて、めがねもりって何なんだ?」という人もいたと思うんですけど、結果的にはファンがついて、今でもお店に「めがねもり」のお菓子を並べています。個々がパワーアップすることで「おかしさん」も強くなるっていうやり方に、手ごたえを感じられました。

 

刺激を得るために地方へ

おかしさんのクッキー「とれびあーん」
2018年には新たな試みとして、広島・大阪での催事出店も行いました。

 

健太さん:今まで「おかしさん」のお菓子を東京や関東近県で売ることはあったのですが、大阪と広島は初めて。出店したのは、担当の方の考えに感銘を受けたからです。通常は催事出店って、お菓子と、お菓子を販売する人とをセットで連れていかなければならないんです。でも大阪と広島は、お菓子を送るだけできれいに見せて売ってくれる仕組みが整えられていました。大きなショッピングセンターや百貨店に出店して、負担が掛かってやめていく個人店をいくつも見てきたので、経営者としてこの催事出店のシステムならそうならないと考えて、初めて地方に出店したんです。

 

地方出店の理由はもう一つ、Saoriさんのアイデアの引き出しが開きやすくなるよう、刺激を得るためでもありました。

 

健太さん:逆説的なんですけど、彼女は外からの影響をあまり受けていなくて、中に引き出しがまだまだたくさん眠っているんです。3歳の頃の夢や空想を忘れてないとか言ったり、具体的に覚えていて気持ち悪いくらい(笑)。その引き出しがいつ開くかは本人もわかっていないんです。だから、新しいつながりや材料、雰囲気なんかが刺激になって引き出しを開けやすくしてくれたら、Saoriのデザインはまだまだ広がるな、と感じています。

 

ずっとやりたいと思えることを見つけられた

おかしさん 主宰 Saoriさん、代表 飯田健太さん
店舗が増え、表現の幅も広がり、揺るがない人気を獲得している「おかしさん」。でも創業者であるSaoriさんはずっと「いつやめてもいい。飽きたらやめよう」と思っていたのだそう。

 

Saoriさん:私は究極の飽き性なんです。過去に作ったものに興味が無いと言えば無い。覚えてもいないことがあるくらい。それを疑問に思う方もいますけど、自分ではどうにもならないことなんです。興味が無くなってしまうことが自分でも怖かったくらい。
だから、「おかしさん」も私はずっと「いつやめてもいい」って思ってたんです。

でも10年間続けていく中で、心の変化があって、ずっとやり続けていきたいと思えていることに気づいて、今までにない不思議な感覚を体験しているところです。

 

そんなSaoriさんの飽きっぽさがあるからこそ、「おかしさん」が続けられているところもある、と健太さん。

 

健太さん:作家って自分が作ったものに執着したり、販売スタッフにも「もっとこう見せて」「どうしてこう説明してくれないの」って言いそうじゃないですか。でもSaoriはそうじゃない。

Saoriが「だってできちゃったんだもん」っていうものを、スタッフが勝手にいろんな解釈をして説明しています(笑)。

 

Saoriさん:一番嫌なのは「説明してほしい」って言われることかな。「これはなんでこうなんですか?」とか、そういうことを聞かれてしまうことがつらい。自分勝手なんですよ、ほんとに(笑)。

 

健太さん:だから、ハロウィンに人体模型を飾ってるんですよ。かぼちゃでも何でもないですよね。もう意味わかんない。説明しろって言われてもね(笑)。

 

ハロウィンで人体模型が飾られた店内
 

流行っちゃいけない、消費されない

おかしさん 主宰 Saoriさん、代表 飯田健太さん
今まで「おかしさん」を続けてきた中で、Saoriさんと健太さんは何度も話し合ってきたそう。

 

Saoriさん:2人で話すのは、お菓子のことではなくて、「おかしさん」の哲学的なことですね。何回朝方まで話したかわからないくらい。

 

健太さん:今私たちが置かれている状況とか、子育てとか、家族とか、どう生きていくかとか。そういうものを一生懸命話して、考え抜いて言葉にすると、何でも定まってくるんですよ。次のお菓子の商品とか、今後やることとか。

 

そんな2人にはお手本にしている家族がいます。「おかしさん」のプロモーションビデオや、絵本の読み聞かせイベントでピアノ伴奏を手がけたアーティスト一家で、トランペット奏者・オリパパこと織田準一さんと作曲家・オリママこと織田英子さんのご夫妻です。

 

健太さん:織田家は音楽家なのでトランペットやピアノや作曲の勉強をしているのは当たり前なんですけど、音色や旋律に表れるのはその人の人間らしさだということを教えてくれました。直接そういう話をしたことはないですし、「こうしなさい」「ああしなさい」って言われたことも無いんですが、織田家を見ているとそう感じるんですよね。だから私たちも、お菓子の流行りがどうこう、というよりは、自分たちらしいことってなんだろう、ということを考えています。その答えがお店のお菓子だったりディスプレイだったり、ラッピングに結び付いて表に出てくる。

 

Saoriさん:流行りたいけど流行っちゃいけない、消費されたいけど消費されないように、っていう、表裏一体の思いがあります。流行っちゃいけないっていうのは自分の中ですごくありますね。あんなデザインしておきながら(笑)。流行らないもの、消費されないものをずっと探していていいんだと思わせてくれたのが織田家です。私は飽き性なので、そう思えなかったらお菓子に飽きていたかもしれません。

 

これから

おかしさん 主宰 Saoriさん、代表 飯田健太さん
最後にお二人に、これからの目標をうかがいました。

 

Saoriさん:私の目標は、「目標を決めずに続けること」です。スポーツを始めた幼稚園生の頃からずっと、「優勝するぞー!」っていう目標続きの人生でした。それがようやく、目標は無いけれど、こうやって一生続けていきたいと思えるようなものに自分の身を置くことができています。私は私の役目を真剣にやる、っていうことですね。

 

健太さん:私は、Saoriも含めた「おかしさん」のスタッフが、自分の思い描いた人生を歩むお手伝いをできればいいなと思います。私自身は私の人生しか歩めないんですけど、その人の夢を聞いていると、私もその人の人生を歩めているような気がします。そういった意味では貪欲なのかもしれません。初めてのアルバイトでうちに来た18歳の大学生からも、8歳の自分の娘からも、何でも学ぶことがあると思っているので、夢の話は本当に真剣に聞きますし、夢を持っていなくても話を聞いて「それは夢と言えるんじゃないか」と背中を押すこともあります。少なくとも私が関わる人たちは、その人の人生が思い描いたようにうまくいって、幸せに生きてくれたらいいなって、ほんとに心から思います。

 

Saoriさん:私と言っていることが信じられないくらい真逆ですよね。びっくりした(笑)。

 

健太さん:でも、あなたのことも含めて言っているからね。

 

Saoriさん:すごいよほんとに。こんな経営者のもとで働きたいよね(笑)!

 

まだ見ぬアイデアの引き出しをたくさん抱えるSaoriさんと、経営者として人の成長を後押しする健太さん。それぞれタイプの異なる「いいところ」をもった一人一人のパワーが、「おかしさん」をさらに魅力的にさせているのだと感じました。Saoriさん、健太さん、貴重なお話をありがとうございました!
おかしさん 主宰 Saoriさん、代表 飯田健太さんと、シェアオフィス6Fスタッフ
おかしさん お菓子ユニットMASUO

 

おかしさん 主宰 Saoriさん / 代表 飯田健太さん

おかしさん 主宰 Saoriさん、代表 飯田健太さんともに1983年9月生まれ。Saoriさんはさいたま市内の高校を卒業後、アルバイトを経てカナダ・トロントへ留学。帰国後にフードコーディネーターの専門学校へ入学し、卒業後の2006年に高校時代の同級生でパティシエのMasumiさんと「お菓子ユニットMASUO」を結成。ジャンルの異なるアーティストとのコラボレーションでお菓子を使った表現活動を開始する。2007年8月に洋菓子店「おかしさん」開店。
飯田健太さんはさいたま市内の高校卒業後、大学の建築学科を経てハウスメーカーへ就職。Saoriさんと結婚後はサラリーマンを続けながら「おかしさん」の経営と経理をサポート。2012年、ハウスメーカーを退職して「おかしさん」の社員に。
2011年「3時のおかしさん ビーンズ与野本町店」、2014年「おかしさんパンチ! ビーンズ武蔵浦和店」(2018年閉店)、2015年「るるるるおかしさん コクーンシティさいたま新都心店」、2017年「秘密のおかしさん 浦和パルコ店」を開店。現在さいたま市内に4店舗を構える。2018年6月、すべてのページが本物のお菓子の写真でできた絵本『秘密の空想菓子店』を出版。長女・そのやんと3人家族。


この記事を書いた人

2017年6月から株式会社コミュニティコムのスタッフとして、貸会議室/シェアオフィス6F・コワーキングスペース7F・大宮経済新聞のライターなどをしています。一児の母で、フリーランスでプロジェクトマネジメントの仕事もしています。ガラケー向け着メロサイトのディレクターをしていた経験もあり、当時スポーツ系の楽曲を扱っていたので、高校野球の応援に使われている曲名がだいたいわかります。趣味はラジオを聴くこと。好きな食べ物はおもち、好きな飲み物はすっぱいビール。



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