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【埼玉の社長に訊く起業ストーリー】はシェアオフィス6Fのスタッフが埼玉県内で活躍する「社長」を訪ね、お話を伺う連載です。


古民家の裏手に構えるのは、2棟のビニールハウス。
中には色とりどりのトマトがあちらこちらに可愛らしい実をつけています。

 


今回お話を伺ったのは、トマト栽培を中心とした新しい形の農家「さいたま榎本農園」代表の榎本健司さん。
さいたま市西区で、水耕栽培によるトマトの栽培や、農家レストラン、農業体験、新規就農のコンサルティングなど、あらゆる切り口から農業に取り組んでいます。

 

榎本さん

 

「子どもたちに、かっこいいって思ってもらえるような仕事がしたいんです」
そう語る榎本さんの農業への思い、地元・埼玉への思いを取材しました。

 

野菜や米を作ることだけが農家じゃない

春のある日の榎本農園。農園に隣接している「農家レストラン菜七色(なないろ)」では、ちょっと変わったイベントが行われていました。

 

お茶ソムリエでありシンガーソングライターの講師を招いたイベント「ベジ茶ブルライブ in 菜七色」です。まさに、田舎のおばあちゃんちの居間を思わせる店内に、榎本さんの農業仲間や地域の人たちが集まりました。

 

(当日の様子の大宮経済新聞の記事はこちら さいたま農家レストランで食と農と音楽のコラボ 茶レクチャーと食事とライブ

 

皆の席を回ってお茶の入れ方の指導、さらには洋楽や演歌のライブまで。レッスンはもちろん、お昼には野菜たっぷりのランチを囲みながら、農家同士・農家と地域の人たちの新たなコミュニティが生まれます。

 

このレストランは、元は榎本さんのご実家。お父様が亡くなられた後、お母様を中心に農家レストランとしてオープンしました。

 

 

農家って、野菜を作って売ることだけが仕事って思われがちですが、私はそういう風潮が嫌で(笑)。もちろん、おいしくて安全な野菜を作ることは大前提ですが、それ以外のことも積極的に実践しています。

 

榎本さんの写真

 

最近は生産に加え、加工販売を自ら行う農家も増えているそうですが、常に「生産+α」を実践していきたい、と考えている榎本さん。そのような考えをもつようになったのは、ご自身が幼い頃に抱いていた農業へのイメージが大きく影響しているそうです。

 

3Kと言われる農業へのイメージ

昔から「農家の息子」「どうせ家を継ぐんだろう」と言われ続けて育ちましたし、いわゆる「3K」(きつい・危険・汚い)のイメージもあったので、実家を継ぐ気は全くありませんでした。

 

確かに、農家というと、朝早くから畑に出て、暑い日も寒い日も、天気が悪い日も関係なく、身を粉にして農作物に向き合っているイメージを持ちがちです。家で食べるぶんだけ育てる、というのとは訳が違います。小学生に将来の夢は?と聞いたら挙げられるような、サッカー選手、宇宙飛行士、ケーキ屋さんなどのキラキラした職業に比べると、農家は地道で大変なイメージかもしれません。
 

だけど、どこかで農業が体に染み込んでいたのだと思います。小さい頃から、畑の手伝いをさせられていたので。潜在意識みたいな感じなのかな。常に農業に対して反発していた反面、そんな意識をどこかに持っていたんですね。

 

榎本さんの写真

 

「最寄りという最寄り駅はありません」というご実家から、毎日片道30分かけて自転車で通学したという川越農業高校を卒業した榎本さんは、1996年北海道にある酪農学園大学に進学します。

 

農家になるつもりはなかったのですが、やはりどこか農業が気になっていたので、農業を学問として学ぼうと思いました。親父も私に農家を継がせるつもりはなかったのですが、根っからの頑固親父だったこともあってどうにも折り合いが悪くて。どうしても一度実家から離れたいという一心で、卒業したら地元に戻ってくるということを条件に4年間北海道で過ごしました。

 

大学では農業経営学を専攻。農業や畜産業などを総体的に学んだという榎本さん。全国から農業や畜産を学びに来ている、自分と同じ世代の友人たちに出会って自身の中での農業に対する思いが少しずつ変わっていったといいます。

 

それまでは、農家に生まれたからこんな勉強をしているんだ、とどこか自分の境遇のせいにしていたと思います。境遇が違ったら、もっと他のことができたかもしれないのに、と。

だけど、高校や大学には、自分と同じ境遇の仲間がたくさんいる。悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてきたんです。

ただ、農業へのマイナスなイメージはなくなったものの、実家を継ぐ気は当時もありませんでした。父親にも「お前にはうちを継がせない」と言われていましたしね。

 

苦労が多く、なかなか稼ぎに繋がりにくい仕事を息子にはさせたくない、というお父様の思いを知ったのはもう少し後のこと。

 

親父も頑固で、私も若かったのでぶつかってばかりでしたね。

 

自分の学びが生かせる仕事

大学を卒業した榎本さんは2000年、民間の食品会社に営業職として就職。ちょうど、就職超氷河期時代と言われていた年でした。

 

榎本さんの写真

 

就職活動がなかなかうまくいかなかったのもあるんですが、自分の中で何かしっくりこないなと仕事をしながら感じていました。勉強してきたことが全く役に立たない。今まで自分がやってきたことはなんだったんだろう。そんな葛藤を抱いていたときに、当時の大宮市が「農業技術職」という枠での職員採用を行なっているのを見つけたんです。

 

農業技術職は、地域における農業のスペシャリスト的な立ち位置。いわゆる行政の一般職や総合職は一定期間で部署異動がありますが、農業技術職での採用の場合は基本的には異動なし。どっぷり地域の農業に関わる職業です。毎年一定の採用があるのではなく、職員の定年退職のタイミングなどで採用がかかるため、採用時期は不定期。

 

当時の業務に違和感を感じていたこと、地元で働けることへの魅力などから転職を決意。2001年に大宮市役所に農業技術職として入職しました。

 

入職後は農業技師として、大宮市(その後さいたま市)の農業行政を専門に担当。農家への技術指導や、市民の森の裏にある試験農場での野菜や果樹の試験栽培など、地域農業全般に関わったといいます。

 

地域の農業のスペシャリストとして日々奮闘していた榎本さん。そんな榎本さんに予期せぬ出来事が起こります。

 

榎本農園の後継、父への思い

ある日突然受けた、お父様の病気の宣告。話を受けたときには、既に病気が進行し、残された時間もわずかだったといいます。

 

父のことがあるまでは、公務員を辞めるつもりは全くありませんでした。病気の話も突然だったし、余命も宣告されて。話を受けてから半年間は、病院に通い詰めで看病の日々でした。

そんな状況でも変わらず父から出る言葉は「お前は公務員でいろ」。でも最期の最期に「家を頼む」と実家の農家を残すことを頼まれたんです。私には安定した職業についてほしかったということも、このとき初めて聞きました。

私自身、農業の勉強はずっとしてきたけれども、農家としての経験値はゼロ。本当に自分は農家をやりたいのか、家族を支えられるかと色々と考えましたが、父からの最期の言葉をないがしろにしたら後悔するだろうなって。それで父が亡くなった後、公務員を辞めて2013年に正式に後継として榎本農園に入ったんです。

 

もともと農業のお手伝いをしていたというお母様と榎本さん、そして野菜ソムリエの資格をもつお姉様と、新しくスタートした榎本農園。しかしそれは、単に「トマトを作って売る」という簡単なことではありませんでした。

 

ちょうど実家を継いで、さあ初めての出荷をしようっていうときに、売り上げの9割を占めていた取引先から契約を切られたんです。彼らは父が作ったトマトを使いたいのであって、私のトマトではダメなんですね。そういうブランドみたいなものが確立していたんです。

 
これじゃいけない、と考えた榎本さん。そんなピンチなときに生きたのが、それまで地域農業のスペシャリストとして活動してきた経験でした。

 

さいたま市内のトマト農家は大玉トマトを栽培しているところがほとんどなんです。逆に中玉やミニトマトを専門に作っている農家がほとんどなかった。それらを主で作る農家になれば、市内ではパイオニアになれるだろうという予想がついたんです。

作るものも取引先も、ゼロベースで開拓していかないといけないけれど、全部根本的に変えてスタートしていこうと思えました。

 

採れたてのミニトマト

採れたてのミニトマト 多いときは30種類以上の品種を栽培したそう

 

12年間、市内の農業関係に従事していた経験から、成功する農家と下火に向かう農家の特徴は掴んでいたと話す榎本さん。まさにピンチがチャンスに変わる瞬間。

 

しかし、またしても予期せぬ出来事が。関東地方も大きな被害を受けた記録的な大雪です。榎本農園の周辺では1メートルほどの積雪があり、ビニールハウスが潰されてしまうなどの大きな被害を受けたといいます。

 

農家1年目での出来事だったので、さすがに「神様ひどいよー」と思いました(笑)。でも、10年後にお酒の席で「農業始めて1年目にビニールハウスが潰れたんだよね」って笑って話せるネタになればいいなって。そう思うと少し楽になって、気持ちを切り替えることができました。

 

ビニールハウスの建て替えを機に、栽培方法を一新しようと決断した榎本さん。これまでの土の栽培から方向転換し、当時はまだ珍しかった「水耕栽培」へと切り替えます。

 

水耕栽培は、人間でいうと食事の際に「食材」ではなく「調理された料理」を与えられるイメージ。トマトたちが肥料や栄養分を直接吸収できる一方で、手間はもちろん、設備や肥料などに多くの費用がかかるのも事実です。

 

水耕栽培を行うことで、長い期間を通してトマトを栽培することができます。年間通して収穫できるローテーションを組んでいるので、いつも新鮮でおいしいトマトを使いたい飲食店には喜ばれますね。栽培に適さない時期もありますが、そういう時期でもおいしいものを作って提供する。そのことに価値があるのだと思っています。

 

遂行栽培の様子

肥料や栄養分を溶かした水が常に供給されている

 

もともと目標とするブランド価値自体を高めに設定していたという榎本さん。手間や苦労がかかることでも、事例が少なく難しいと言われることでも、果敢にチャレンジし成功事例を作ってくことで、一気に「榎本農園のトマト」というブランドが確立していきました。

 

さいたま市ニュービジネス大賞への挑戦

これまでの一つ、二つと抜きん出た戦略で新しい榎本農園を確立した榎本さん。とっても意外なことに、「こう見えても引っ込み思案なんですよ」と話します。

 

榎本さんの写真

 

2016年のニュービジネス大賞は、榎本農園としての方向性に迷っていた時期に申し込みました。これまで事業計画書を作ったりしたことがなかったので、今後のことを考える良いきっかけ作りになるかなと。それに、人前で話すことは本当に苦手だったんですけど、そういう嫌なことに対してもチャレンジする勇気や覚悟を持たないと、これから事業者としてやっていけないだろうとも思って。

 

さいたま市ニュービジネス大賞は、さいたま市で展開する新規性・独創性のあるビジネスプランを募集するコンテスト。榎本さんは「スイーツ専用ミニトマトを使った新食感スイーツの商品展開」というプランで出場し、見事グランプリを受賞します。お土産物が少ないと言われがちな埼玉県ですが「原料・材料の方面から貢献できつつ、地域の人にも喜ばれるものを」という考えのもと企画したといいます。

「農家がデザートを提案するというのも、突拍子もないことでおもしろくないですか?」と榎本さん。

 

子どもたちにかっこいいと思われる職業に

榎本さんとお話をしていて強く感じるのは「常に新しいことを、面白いことを」という姿勢。現在取り組んでいること、今後の目標について伺いました。

 

流しそうめんイベントの様子

夏の終わりに行われたイベント「流しそうめん」

 

これまで「農家としてこんなことだってできるんだ」ということを発信する意味も込めて、色々なイベントを企画してきました。

3年ほど前からは「子ども向け農業体験教室」を開催しています。今年からは都内のNPO学童クラブと組んで「あぐり子ども大学」という、これまでの体験教室よりも専門的に農業に取り組んでもらえる講座を展開し、今は「教育」というところに力を入れています。これもCSRのような形だと、長続きしづらいし、農家としての新しい仕事としても定着しないので、事業として成り立つように努力しています。

 

「あぐり子ども大学」は、 種蒔きや植付けから、畑の管理・収穫まで一貫した内容を学ぶ教室で、より農家の実践に近い形を体験してもらう、通常の農業体験の一歩上をいく「農育」。
野菜栽培の原理原則を勉強したり、肥料を自分で作ってみたり、プロの鍬の使い方を学んだりなど、専門的な知識を学ぶことができますが、大切なことは「五感で感じること」だと話します。

 

榎本さん

 

自分が子どもの頃、農業に対して悪いイメージが強かったからこそ、今の子どもたちには「農業の良いイメージ・楽しいイメージ」を持ってもらえたらと思います。

だからといって、普段生活していて農業について考える機会なんてなかなかない。だからこそ自分がそういう場所を作りつつ、農業の魅力を伝えていきたいなと。

 

子ども向けの教室も、イベントの運営も、探り探りだと話す榎本さん。それでも、どんな場面でも一歩踏み込んで自ら楽しみながら取り組んでいる姿が印象的です。

 

私がやっていることが、全ての人に支持される必要はないと思うんです。地域ごとにキーとなる農家や事業者がいて、そういう人たちに響けば自然と広まっていく。繋がりができていく。その積み重ねなのかなと考えています。

農家って、野菜づくりだけではなくて、自分で売ったり、加工したり、イベント企画・運営など色々な側面で活動できる方が、若い人に魅力的に映るのではないのかなと。そうでないと、農業をやりたいなと思う人が増えていかないと思っていて。

集客や企画などは難しい部分も多いですが、自分ができることを発信していくことで「農家でもそんなことができるんだ、やって良いんだ!」という風潮ができれば良いなと思っています。

 

一般的に「こうあるべき」と、枠でとらわれがちな産業も、様々な事業展開の可能性があるということを身をもって発信されている榎本さん。イベントの運営も「最終的には自分も楽しめるかどうかが大切」とお話されるその表情は、柔らかく、そして同時にとても力強かったのが印象的でした。

 

榎本さん、お忙しいところお時間をいただき、ありがとうございました!

 

さいたま榎本農園 代表 榎本健司さん

榎本さん埼玉県さいたま市出身。さいたま榎本農園代表。さいたま市役所にて農業技師として勤務の後、実家の榎本農園の後継として入社。中玉トマト・ミニトマトを専門に栽培するトマト農家。農作業以外にも、農家レストラン菜七色のマネージャー、農業体験教室、新規就農支援のコンサルティングなど幅広く活動。さいたま市ニュービジネス大賞2016では「スイーツ専用ミニトマトを使った新食感スイーツの商品展開」というプランで出場・グランプリを受賞。2018年からは、農業を専門的に学ぶ農育「あぐり子ども大学」を立ち上げる。3児の父。

 


この記事を書いた人

学生時代はアルバイトスタッフとして、2017年夏からは正社員スタッフとして6・7・8Fの運営をしています。心がほっこりする文章を読んだり書いたりするのが好き。7Fでは、大宮経済新聞をはじめ、7F運営会社であるコミュニティコムでライターとして記事を書いています。学生の頃から環境問題に関する政策提言や国際会議に関わっていて、地域の自然保護や環境教育についてもっと勉強したいと思っています。大のベーグル好き。オタクです。お気に入りのベーグル屋さん・パン屋さんがあったら是非教えてください!



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