【埼玉の社長に訊く起業ストーリー】はシェアオフィス6Fのスタッフが埼玉県内で活躍する「社長」を訪ね、お話を伺う連載です。
古民家の裏手に構えるのは、2棟のビニールハウス。
中には色とりどりのトマトがあちらこちらに可愛らしい実をつけています。
「子どもたちに、かっこいいって思ってもらえるような仕事がしたいんです」
そう語る榎本さんの農業への思い、地元・埼玉への思いを取材しました。
春のある日の榎本農園。農園に隣接している「農家レストラン菜七色(なないろ)」では、ちょっと変わったイベントが行われていました。
お茶ソムリエでありシンガーソングライターの講師を招いたイベント「ベジ茶ブルライブ in 菜七色」です。まさに、田舎のおばあちゃんちの居間を思わせる店内に、榎本さんの農業仲間や地域の人たちが集まりました。
(当日の様子の大宮経済新聞の記事はこちら さいたま農家レストランで食と農と音楽のコラボ 茶レクチャーと食事とライブ)
皆の席を回ってお茶の入れ方の指導、さらには洋楽や演歌のライブまで。レッスンはもちろん、お昼には野菜たっぷりのランチを囲みながら、農家同士・農家と地域の人たちの新たなコミュニティが生まれます。
このレストランは、元は榎本さんのご実家。お父様が亡くなられた後、お母様を中心に農家レストランとしてオープンしました。
最近は生産に加え、加工販売を自ら行う農家も増えているそうですが、常に「生産+α」を実践していきたい、と考えている榎本さん。そのような考えをもつようになったのは、ご自身が幼い頃に抱いていた農業へのイメージが大きく影響しているそうです。
確かに、農家というと、朝早くから畑に出て、暑い日も寒い日も、天気が悪い日も関係なく、身を粉にして農作物に向き合っているイメージを持ちがちです。家で食べるぶんだけ育てる、というのとは訳が違います。小学生に将来の夢は?と聞いたら挙げられるような、サッカー選手、宇宙飛行士、ケーキ屋さんなどのキラキラした職業に比べると、農家は地道で大変なイメージかもしれません。
「最寄りという最寄り駅はありません」というご実家から、毎日片道30分かけて自転車で通学したという川越農業高校を卒業した榎本さんは、1996年北海道にある酪農学園大学に進学します。
大学では農業経営学を専攻。農業や畜産業などを総体的に学んだという榎本さん。全国から農業や畜産を学びに来ている、自分と同じ世代の友人たちに出会って自身の中での農業に対する思いが少しずつ変わっていったといいます。
だけど、高校や大学には、自分と同じ境遇の仲間がたくさんいる。悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてきたんです。
ただ、農業へのマイナスなイメージはなくなったものの、実家を継ぐ気は当時もありませんでした。父親にも「お前にはうちを継がせない」と言われていましたしね。
苦労が多く、なかなか稼ぎに繋がりにくい仕事を息子にはさせたくない、というお父様の思いを知ったのはもう少し後のこと。
大学を卒業した榎本さんは2000年、民間の食品会社に営業職として就職。ちょうど、就職超氷河期時代と言われていた年でした。
農業技術職は、地域における農業のスペシャリスト的な立ち位置。いわゆる行政の一般職や総合職は一定期間で部署異動がありますが、農業技術職での採用の場合は基本的には異動なし。どっぷり地域の農業に関わる職業です。毎年一定の採用があるのではなく、職員の定年退職のタイミングなどで採用がかかるため、採用時期は不定期。
当時の業務に違和感を感じていたこと、地元で働けることへの魅力などから転職を決意。2001年に大宮市役所に農業技術職として入職しました。
入職後は農業技師として、大宮市(その後さいたま市)の農業行政を専門に担当。農家への技術指導や、市民の森の裏にある試験農場での野菜や果樹の試験栽培など、地域農業全般に関わったといいます。
地域の農業のスペシャリストとして日々奮闘していた榎本さん。そんな榎本さんに予期せぬ出来事が起こります。
ある日突然受けた、お父様の病気の宣告。話を受けたときには、既に病気が進行し、残された時間もわずかだったといいます。
そんな状況でも変わらず父から出る言葉は「お前は公務員でいろ」。でも最期の最期に「家を頼む」と実家の農家を残すことを頼まれたんです。私には安定した職業についてほしかったということも、このとき初めて聞きました。
私自身、農業の勉強はずっとしてきたけれども、農家としての経験値はゼロ。本当に自分は農家をやりたいのか、家族を支えられるかと色々と考えましたが、父からの最期の言葉をないがしろにしたら後悔するだろうなって。それで父が亡くなった後、公務員を辞めて2013年に正式に後継として榎本農園に入ったんです。
もともと農業のお手伝いをしていたというお母様と榎本さん、そして野菜ソムリエの資格をもつお姉様と、新しくスタートした榎本農園。しかしそれは、単に「トマトを作って売る」という簡単なことではありませんでした。
これじゃいけない、と考えた榎本さん。そんなピンチなときに生きたのが、それまで地域農業のスペシャリストとして活動してきた経験でした。
作るものも取引先も、ゼロベースで開拓していかないといけないけれど、全部根本的に変えてスタートしていこうと思えました。
12年間、市内の農業関係に従事していた経験から、成功する農家と下火に向かう農家の特徴は掴んでいたと話す榎本さん。まさにピンチがチャンスに変わる瞬間。
しかし、またしても予期せぬ出来事が。関東地方も大きな被害を受けた記録的な大雪です。榎本農園の周辺では1メートルほどの積雪があり、ビニールハウスが潰されてしまうなどの大きな被害を受けたといいます。
ビニールハウスの建て替えを機に、栽培方法を一新しようと決断した榎本さん。これまでの土の栽培から方向転換し、当時はまだ珍しかった「水耕栽培」へと切り替えます。
水耕栽培は、人間でいうと食事の際に「食材」ではなく「調理された料理」を与えられるイメージ。トマトたちが肥料や栄養分を直接吸収できる一方で、手間はもちろん、設備や肥料などに多くの費用がかかるのも事実です。
もともと目標とするブランド価値自体を高めに設定していたという榎本さん。手間や苦労がかかることでも、事例が少なく難しいと言われることでも、果敢にチャレンジし成功事例を作ってくことで、一気に「榎本農園のトマト」というブランドが確立していきました。
これまでの一つ、二つと抜きん出た戦略で新しい榎本農園を確立した榎本さん。とっても意外なことに、「こう見えても引っ込み思案なんですよ」と話します。
さいたま市ニュービジネス大賞は、さいたま市で展開する新規性・独創性のあるビジネスプランを募集するコンテスト。榎本さんは「スイーツ専用ミニトマトを使った新食感スイーツの商品展開」というプランで出場し、見事グランプリを受賞します。お土産物が少ないと言われがちな埼玉県ですが「原料・材料の方面から貢献できつつ、地域の人にも喜ばれるものを」という考えのもと企画したといいます。
「農家がデザートを提案するというのも、突拍子もないことでおもしろくないですか?」と榎本さん。
榎本さんとお話をしていて強く感じるのは「常に新しいことを、面白いことを」という姿勢。現在取り組んでいること、今後の目標について伺いました。
3年ほど前からは「子ども向け農業体験教室」を開催しています。今年からは都内のNPO学童クラブと組んで「あぐり子ども大学」という、これまでの体験教室よりも専門的に農業に取り組んでもらえる講座を展開し、今は「教育」というところに力を入れています。これもCSRのような形だと、長続きしづらいし、農家としての新しい仕事としても定着しないので、事業として成り立つように努力しています。
「あぐり子ども大学」は、 種蒔きや植付けから、畑の管理・収穫まで一貫した内容を学ぶ教室で、より農家の実践に近い形を体験してもらう、通常の農業体験の一歩上をいく「農育」。
野菜栽培の原理原則を勉強したり、肥料を自分で作ってみたり、プロの鍬の使い方を学んだりなど、専門的な知識を学ぶことができますが、大切なことは「五感で感じること」だと話します。
だからといって、普段生活していて農業について考える機会なんてなかなかない。だからこそ自分がそういう場所を作りつつ、農業の魅力を伝えていきたいなと。
子ども向けの教室も、イベントの運営も、探り探りだと話す榎本さん。それでも、どんな場面でも一歩踏み込んで自ら楽しみながら取り組んでいる姿が印象的です。
農家って、野菜づくりだけではなくて、自分で売ったり、加工したり、イベント企画・運営など色々な側面で活動できる方が、若い人に魅力的に映るのではないのかなと。そうでないと、農業をやりたいなと思う人が増えていかないと思っていて。
集客や企画などは難しい部分も多いですが、自分ができることを発信していくことで「農家でもそんなことができるんだ、やって良いんだ!」という風潮ができれば良いなと思っています。
一般的に「こうあるべき」と、枠でとらわれがちな産業も、様々な事業展開の可能性があるということを身をもって発信されている榎本さん。イベントの運営も「最終的には自分も楽しめるかどうかが大切」とお話されるその表情は、柔らかく、そして同時にとても力強かったのが印象的でした。
榎本さん、お忙しいところお時間をいただき、ありがとうございました!
埼玉県さいたま市出身。さいたま榎本農園代表。さいたま市役所にて農業技師として勤務の後、実家の榎本農園の後継として入社。中玉トマト・ミニトマトを専門に栽培するトマト農家。農作業以外にも、農家レストラン菜七色のマネージャー、農業体験教室、新規就農支援のコンサルティングなど幅広く活動。さいたま市ニュービジネス大賞2016では「スイーツ専用ミニトマトを使った新食感スイーツの商品展開」というプランで出場・グランプリを受賞。2018年からは、農業を専門的に学ぶ農育「あぐり子ども大学」を立ち上げる。3児の父。
学生時代はアルバイトスタッフとして、2017年夏からは正社員スタッフとして6・7・8Fの運営をしています。心がほっこりする文章を読んだり書いたりするのが好き。7Fでは、大宮経済新聞をはじめ、7F運営会社であるコミュニティコムでライターとして記事を書いています。学生の頃から環境問題に関する政策提言や国際会議に関わっていて、地域の自然保護や環境教育についてもっと勉強したいと思っています。大のベーグル好き。オタクです。お気に入りのベーグル屋さん・パン屋さんがあったら是非教えてください!
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