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【埼玉の社長に訊く起業ストーリー】はシェアオフィス6Fのスタッフが埼玉県内で活躍する「社長」を訪ね、お話を伺う連載です。


4回目の今回は、大宮駅東口銀座通りにある「銀座ビル」を管理運営する有限会社「銀座茶房」の代表取締役・栗原俊明(くりはら としあき)さんです。
 
有限会社銀座茶房 代表取締役の栗原俊明さん

有限会社銀座茶房 代表取締役の栗原俊明さん

 

銀座茶房

その昔、大宮駅東口の銀座通り商店街がまだそれぞれ自宅付き店舗の小さな商店の集まりだったころ、木造平屋の半地下に「銀座茶房」という喫茶店がありました。
 
「初デートは銀座茶房だった」
 
そう思い出を語る人も多いというレンガ内装の「ハイカラ」なお店だったそうです。
昭和40年代、駅周辺の開発が進み周りの商店が次々にビルへと建て替えるタイミングで、銀座茶房も「銀座ビル」に生まれ変わりました。
 
現在その銀座ビルを管理運営する「有限会社銀座茶房」。喫茶店「銀座茶房」を始めたオーナーの栗原鉄五郎さんの孫である栗原俊明さんが代表取締役です。

 

銀座通り商店街の若き会長

有限会社銀座茶房 代表取締役の栗原俊明さん

地域イベントに商店街会長として出席する栗原さん


穏やかで明瞭な話術に、落ち着いた紳士的な振る舞いながら、パーマヘアにアロハなシャツ、サンダル姿のギャップがトレードマークの栗原さんは「大宮銀座通り商店街の商店街会長」も務めています。
 
銀座通りで開催されるフリーマーケット、大宮アルディージャのパブリックビューイング、盆栽や和太鼓など「日本」を体験するイベント「THE JAPAN DAY」など新旧のイベントを次々と行い、大宮駅東口を盛り上げている若き商店街会長。
 

貸ビル業は地域ありきのもので、自分ひとりが頑張っても仕方ない。地域、商店街全体が盛り上がれば、テナントにも注目が集まり、ビルに活気がでます。イベント運営は、すぐに結果がでるものではありませんが、先を考えるとそれが地域、自分のところに戻ってくるのでは、と思い始めてから、地域の活動に本腰を入れて取り組んでいます。

 

図書館司書の勉強から、精密加工の商社で会社員を経て、BMX店の勤務へ

栗原さん(5)

丁寧で気さくな性格な栗原さんの人望は厚い


大学では「図書館司書」になる勉強をしていたという栗原さん。「本が好き」という理由で入った学部は、4年生になっても毎日大学でレポートを書くような忙しい日々だったそうです。
 

就職活動に本腰入れる時間もなく、周りが内定をもらう様子に慌てて活動し、入社したのは三鷹にある精密加工の商社でした。初めての就職で右も左も分からない中、必死に仕事を覚えましたね。仕事は忙しかったですが、人に恵まれ楽しい職場でした。

 
働き始めて2年たったころ、原宿のBMX(*1)の店で働き始めた知人に、一緒に働かないかと誘われます。休みの度に湘南などに行き、趣味でBMXをしていたという栗原さんは、三鷹の会社を辞めBMXの店に転職することを決意。
 

あの職場でずっとやっていれば自分の人生も違った形でまとまっていたかも、と思うこともあります。でも新しいことをしてみたいと次の職場に惹かれて転職しました。2年で辞めてしまいましたが、三鷹の会社とは今でも仕事で繋がりがあるくらいよい会社でした。

 
BMXの店では、販売をしながら、イベントの企画運営を多く担当したそうです。原宿という好立地でもあり、お客の絶えない人気店で学ぶことは多かったそう。
 

コミュニケーションの能力もそこで養われたし、数千人のイベントを運営するノウハウも学び、そのすべてが今に活きています。

 
BMXの店には5年間勤務。「あっという間の5年だった」といいます。ここでも楽しく仕事をしていたという栗原さんですが、「30歳」という節目に父から会社に呼ばれます。
 
(*1)BMX(ビーエムエックス)とはBicycle Motocross(バイシクルモトクロス)の略で20インチの自転車を使う競技の一種。また、その競技で使われる自転車のこと。

 

地元に戻り知り合いゼロから地域の顔に

ファンキーな外見とはうらはらに穏やかで落ち着いた語り口


父から呼ばれ、会社を継ぐよう告げられた栗原さんは、入社を決意します。

子どものころから父が働く姿を見てきて、会社を継ぐことをイヤだと思ったことはないし、違和感もなかった。いつかは継ぐだろうとは思っていたものの、具体的にいつとは考えていなかったが、父も同じくらいの歳で後を継いだので、そろそろかなと。

 
地元とはいえ、大学からはさいたまを離れたため、知り合いはほぼゼロの中、商店街の役員を引き受け、地域活動を始めたそうです。

知り合いもいないし、地域の付き合いは大変なイメージがあったし、正直少々面倒でした(笑)。でも「会長」をすることになり、イベントをやってみることにしました。

 

多くの人に関わってもらえるように仕事ではなくボランティアとして活動しました。お金は得られなかったけど(笑)、代えがたい信頼が得られました。知り合いがゼロの状態から始めて、今はどこの店に行っても笑顔で話しかけてくれる人がいます。幸せなことです。

 

3代目としての引け目

栗原俊明社長 (4)

スラっと背も高くヘアもあわさり遠くからでもひときわ目立ちます


社長として地域の顔として順風満帆に見えても、社長就任以来、悩みつつ進んできたと言います。
 

「貸ビル業って安泰で暇そうでいいよね」ってよく言われます。当たらずといえど遠からずかなとも思います。親の事業を継いだ人は多かれ少なかれ感じているかもしれないのですが、「引け目」があります。社長とはいえ、自分で立ち上げた会社ではないし、苦労してない気がしてしまう。

 

イベント運営から生まれた新しい事業

栗原俊明社長 (3)

音楽事業部「ChaboSOUNDSERVICES」のロゴ


3代目としての引け目を感じつつ、地域を盛り上げるため自分のできることを進めてきた栗原さん。イベント運営の中で新しい可能性が生まれます。
 
きっかけは、商店街にあるライブもできるレストランバー「スパークリングハーツ」。同店がオープンするとき、オーナーと知り合いだった栗原さんは、ライブ用の音楽機材の選定などを手伝います。ライブができるビアバーはできたものの、機材を動かす人がいなかったことから、栗原さんが手伝うことに。
 
それを見た人が、地域のイベントの音楽担当を依頼してきました。以降、次々に依頼が来るようになります。
 

イベントでライブステージをする、ダンスのために音楽を流すなど、「音楽」が必要な場面は多いですが、「機材」と「機材を操作する技術を持つ人」も必要です。都内には大きなイベントで音楽を担当するような会社やサービスはありますが、依頼するとなると費用もかかりますし、そこまでの機材や技術は必要ないイベントも多い。そんな「隙間の需要」に僕ができることがマッチングしました。

 
次第に増える依頼に、個人での対応が難しくなり、2015年3月に会社の一部門の「音楽事業部」として「ChaboSOUNDSERVICES(チャボサウンドサービス)」を立ち上げました。さらに依頼は増え、知り合いに仕事として依頼し手伝ってもらいつつ続けていましたが、今年4月に社員を一人増やすことに。新規事業は少しずつ軌道に乗り始めています。
 

3代目としての引け目を感じつつ模索してきて、これが自分なりに見つけた答えかなと思っています。偶然見つけた答えかもしれないけど、今まで自分がやってきたことを必要としてくれる人がいて、対価が発生する。ありがたいことだと思います。

 

最終的な夢は自分の「ライブハウス」を持つこと

栗原さん(1)

音響事業部「ChaboSOUNDSERVICES」の新しい社員の福井さんと


さいたまに戻り社長として約10年、自分の事業を立ち上げて2年。私生活では子どもが生まれ公私ともに忙しい日々を送る。
 

忙しいけれど、自分が面白いと思うことをやっているので、やりがいがある毎日です。尊敬する人の言葉で「男は全力で動けるのは50歳まで」というのがあります。50歳までに何かしらの筋道をつけておきたいということだと思います。僕は次の10年で音楽の仕事をもう少し形に残せるようなものにしたいと思っています。今はイベントがあって、音楽だけをやってるけれど、イベント運営のノウハウも合わせ、総合的に何かをやってみたい。

 
親の事業を継ぎ、古くからの街のやり方なども大事にしながら、新しい風も地域に呼び込み自分らしいやり方で活動する栗原さん。地域の人は栗原さんの活動を楽しみにしているような気がします。
 

最終的な目標は自分のライブハウスを持つことです。まだそこまでのコンテンツは持っていないので、タイミングを逃さないようアンテナを張っていたいと思います。やりたいことを言葉にしておくと、実現することってあると思うので、ここで宣言しておきます。

 

栗原俊明社長 (7)

栗原さん、お忙しい中ありがとうございました。


 

有限会社銀座茶房 代表取締役 栗原俊明さん

有限会社銀座茶房 代表取締役の栗原俊明さん1974年生まれ。埼玉県さいたま市出身在住。
大宮駅東口銀座通りにある「銀座ビル」の管理運営を行う有限会社銀座茶房代表取締役。銀座通り商店街会長。
埼玉県大宮西高等学校卒、駿河台大学卒業後、東京都三鷹にある精密加工の商社に勤務、その後、原宿のBMX店勤務を経て2006年より現職。2015年 音楽事業部「ChaboSOUNDSERVICES」事業を立ち上げる。妻と1歳の息子がいる。

 


この記事を書いた人

株式会社コミュニティコム社員で、主にライター担当。大宮経済新聞副編集長や教育講座事業の「チエモ」など担当しています。エジプト2年、フランス7年、ハンガリー2年住んでいました。フランス語は何となく覚えていますが、アラビア語とハンガリー語は忘却の彼方です。一般社団法人さいたま市地域活性化協議会・理事。埼玉新聞タウン記者。



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